枠があるからこそ、自分を知ることが出来る
枠があるからこそ、自分を知ることが出来る。
枠や価値判断を悪いものとして、捉える必要はありません。確かに、価値判断という枠が沢山あると、窮屈になったり、苦しくなったり、周りとぶつかることが多くなります。
これは、枠が沢山あればあるほど、周囲との違いを感じやすくなり、そこに価値判断が多ければ多いほど受け入れられないものが増えるからです。
しかし、この枠が全くなければ、自分と自分以外を区別することも難しくなりますし、自分のこと(個性)を知ることも難しくなります。
「自分の個性を知りたい」「本当にやりたいことを知りたい」というお話は、仕事柄よく聞くのですが、これらを知るためには、この枠を如何に上手く使うか?が鍵になるのです。
枠があることさえ気付かずに「こんなもんだ・・・」と諦めていれば、自分の個性に気付ける筈はありませんし、枠があることを「型にはめられた!」と嫌がっているだけでは、自分の個性に近づくことはできません。
自分には様々な枠や価値判断があることを知り、それに対してどう感じるかということをただ感じてみることが、自分の個性を知るためには、とても役立ちます。
自分の中にある枠や価値判断がしっくりくるのならば、それはあなたの個性と合った枠ですから、自分の個性やこだわりとして大切にすればいいですし、その枠が、どうもしっくりこなくて我慢を感じているのなら、その枠を含むことで無効化すればいいのです。
この時、しっくりこない枠のことを切り捨てようとする人は多いのですが、そもそも全ては自分なのですから、自分の一部を切り捨てることは不可能です。
逆説的ですが、そのしっくりこないものも自分なのだということが、腑に落とせるようになったとき、しっくりこないと感じる価値判断が無効化されその枠は、感じなくなります。
しっくりこないものや嫌な感じがするものと戦い続けるよりも、自分の好きなこと、ワクワクすることをしたほうが良いとよく言われるのは、そもそも戦って勝つこと(嫌なものを切り捨てること)自体が不可能なので、そこに意識を使うのはやめましょうということであり、イライラしながら見てみぬふりをすることではないのです。
枠や価値判断と戦わず、上手く味方につけることが、自分の個性を知り流れに乗るためには、大いに役立つということです。