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楽しく生きるための錬金術

ヘルメスの7つの原理という精神の錬金術を学びたい人のためのブログ

引き寄せの法則とサイコパス

引き寄せの法則を使って幸せになろうとするあまり、一種の魔境へと転落し、サイコパスの様になってしまう人は実は少なくはありません。

 

魔境やサイコパスなんていうと、とても恐ろしいモノのように感じられるかもしれませんが、分かりやすく言うと「不安・恐怖」と「欲望・虚栄心」のバランスが崩れた状態ということです。

 

統合への流れに向かうことは、様々なものを含むため「不安・恐怖」も含まれてしまい無効化されます。

 

引き寄せの法則などでは、このことを自分の願いを叶えることにおいて邪魔な不安や恐怖心(心理的ブロック)を外すことを目的として使う場合も多く・・・これが、度を超してしまうとバランスを崩すことに繋がるのです。

 

そもそも、統合に向かうということは「不安・恐怖」も無効化していきますが、それと同時に「欲望・虚栄心」をも無効化するということなのです。

 

コップの水の中に何滴かの水滴を落としたら、どの水滴なのかも、どこからがコップの水なのかも区別がつかないように・・・

 

自分の中の「不安・恐怖」「欲望・虚栄心」などを含む過程である、統合へと進むのであれば「不安・恐怖」というブレーキだけが無効化され、「欲望・虚栄心」というアクセルだけが残されるのは、本来ありえないのです。

 

錬金術とは、振動数の上げ下げを使い人生をより自分らしく味わうためのものですが、統合へと進むにつれて、他人と自分がいる状態のエゴとしての「自分」の欲望は薄らいでいく傾向にあります。

 

これは、欲望を持つのが悪いわけではなく、単に様々なものを含んでいくと「自分」と「他人」の境界線があいまいになるために「自分だけ」の欲望というよりも、自分とその周り「様々なものを含んだ自分」の欲望へと移り変わっていくということです。

 

また、自分の願いが叶うことと叶わないことの境界線もあいまいになるため、願いが叶わないかもしれない・・・という恐怖や、何が何でも叶えたい!という執着も少なくなってしまうということでもあります。

 

エゴとしての「自分」の欲望があるのに、それに伴う不安や恐怖だけを切り捨てようとすることは、分離に向かうことです。

 

分離に向かうことも、欲望があることも、悪いことではありませんが、統合へと進んだつもりで分離へと向かってしまう場合、バランスが崩れやすく苦しさを覚える人が多いということです。

 

個人的な欲望を持つことは、決して悪いことではありません。ただ、それに伴う不安や恐れを嫌うあまり切り捨てようとしても、それはできないのです。なぜなら、その欲望と不安はコインの表裏の様に繋がっているものだからです。