楽しく生きるための錬金術

ヘルメスの7つの原理という精神の錬金術を学びたい人のためのブログ

幸せについての錬金術的思考

幸せについての錬金術的思考

 

「幸せ」というものについて考えると、実は非常に曖昧なものだと気づく方も多いのではないかと思います。錬金術的思考といいますか、構造などから考えた場合、私が感じることは、幸せを語るならその幸せの定義をまずは考える必要があるだろう。ということだったりします。

 

何をもって「幸せ」とするのか?というのは個人の自由であり、そこに善悪優劣はありませんが、自分自身幸せの定義がわかっていなかったために良かれと思ったことが裏目に出るということは、実は案外多いことなのです。

 

幸せの定義を考える場合に大切な二つの視点があります。

 

その二つの視点とは「時間」と「範囲」についてです。これは、自分にとっての幸せは、どの程度の時間の範囲のことだろうか?また、どの程度の範囲を指しているのだろうか?ということを考えてみる。ということです。

 

例えば恋愛なら、今相手と連絡を取りたい!それが叶えば幸せ。ということなのか。それともお付き合いを長く続けたい。そのためには今相手と連絡を取るのは控えよう。それで長期的に見て上手くいけば幸せ。ということなのか。というような感じですね。

 

もちろん、長期的に見ても短期的に見ても幸せに通じる行動は一つ。という場合はそれほど考える必要はありませんし、範囲においても自分の幸せと自分の周囲の幸せが同じだというなら迷う必要はありません。

 

しかし「時間」と「分離」がある三次元においては「短期的幸せ」と「長期的幸せ」、「範囲の狭い幸せ」と「範囲の広い幸せ」が拮抗してしまう場合もありうる。ということです。これはどちらかが正しいということはありませんが、もしもあなたが「幸せ」のために何かアクションを起こしたり(起こさなかったり)するのであれば、自分にとっての幸せの定義について考えるときに両者が拮抗していないか?を確認してみると良いかもしれません。

 

ちなみに、錬金術において「今ここの幸せ」を大切にするというのは、「過去・今・未来」を含んだ『今』であり「自分がいるここ・自分以外がいるここ」を含んだ『ここ』という『今ここの幸せ』であり、定義としていえば「長期的を超えた長期」「広範囲を超えた広範囲」の幸せ、ということです。

 

これを単に「今だけ自分だけ」良ければいいや。という定義で考えてしまうと、後々様々な矛盾をはらむ可能性があります。

 

「幸せになりたい」と思うこと、そのために行動すること自体は素晴らしいことです。ただ「こんなはずではなかった・・・」とならないためにも、自分の幸せの定義について考えてみることは大切なことだと思います。また、錬金術的『今ここの幸せ』を探求していく方は「今だけ自分だけ」との違いを注意深く繊細に見極めながらともにまいりましょう(笑)

 

 

 

 

最近のこと

最近のこと

 

前回の記事(といっても二年前くらいでしょうか・・・)にて、一応のまとめは終わった。との思いから、こちらのブログは、かなりご無沙汰させていただいておりました。

 

皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

私はあの後も、こちらでもご紹介させていただきました「アルケミー講座」を初級・中級・上級と第2期までお伝えさせていただき、日々錬金術漬けな毎日でした。おかげさまで、また新たな発見などもありました。この発見について皆様とシェアできたら良いなという思いから久々にこのブログを書いております。

 

・・・で・・・

その新たな発見とは「三次元においての分離の大切さ」についてです。

 

今まで「アルケミー講座」やこちらのブログでは、主に全体的な構造や「分離→統合」についてをお伝えしてまいりました。しかし、錬金術を日常へと落とし込んだり、しっかりと体感し理解するためには「分離と統合も支えあう一つのモノである」と知ること。つまり「分離」も「統合」も等しく重要であり「分離→統合」はもちろん、その前段階も等しく非常に大切なのだと腑に落とす必要がある。ということです。

 

この前段階とは、三次元においての「統合→分離」の段階。平たく言えば産まれてから「自分は自分だ」としっかり認識し「自分」と「自分以外」をきちんと分離する段階ということです。

 

統合というものは「違いをそのままに抽象度を上げて含む」ということですから、最初に違いを認識し分離していなければ「統合」すること自体が難しくなるということです。これは実際に講座やセッションというカタチで、様々な方とお話しをしてわかってきたことでもあります。

 

なぜ「含む」ということがこんなにも難しく感じられるのか?なぜ一旦は分かった気がしても、また同じような悩みを抱えてしまうのか?と考えたとき、有効なのは「分離」し自分は自分だと認識したうえで「統合」する訓練ではないかと・・・この訓練で経験値を積むことによりキャラクターとしての自分の動きはもっと自然になるのではないかと考えたわけです。

 

そこで、手始めに去年の暮れ、新たなワークを作成しました。その名も「分離ワーク」です。「統合しよう!」「振動数を上げよう!」というのとは一見正反対にも見えますが(笑)しっかりと「分離」することは、その後の「統合」にも大いに役立ちます。なんといっても「分離」しているからこそ「統合」できるわけですから。

 

また、この「分離ワーク」は錬金術の探求などしない場合でも単純に日常生活において役に立ちます。何人ものワーク実践者の方から「気分が明るくなった」「リラックスできた」などのお声もいただいておりますのでね。

 

このブログにも「分離ワーク」のリンクを張り付けておきますので、興味のある方はぜひ挑戦してみてください。「分離ワーク」はその性質上、完全無料にてお届けしております。

 

分離ワーク(魔境を抜け出す) | 札幌 美容師&魔術師★monika★

 

また、今年は「分離ワーク・勉強会」を札幌(6月22日)東京(7月21日)京都(10月14日)開催することになりました。こちらは無料ではありませんが興味のある方はぜひご参加くださいませ。

 

「分離ワーク・勉強会」についての詳細はこちらから↓

http://monika496611.grupo.jp/blog/

 

 

 

錬金術の探求

錬金術の探求について

 

こちらのブログには、楽しく生きるための錬金術についてを書いています。構造のことから始まり、なるべくわかりやすく誤解を生まないように注意をしつつ、様々な角度から錬金術についてお伝えしています。

 

スピリチュアルや引き寄せの法則など目に見えないものに興味を持ち、学んだことのある方なら「そうそう!」と気軽に読んでいただけるのではないかと思います。

 

こちらで書いているのは構造のお話がほとんどであり、物語的な切り口は、ほぼありません。そのため、様々なスピリチュアルのストーリーとも矛盾しないようになっているのです。どのようなストーリーでも、構造のどの部分に該当するのか?という見方が出来るようにしています。

 

というのも、私の個人的な意見では、どんなストーリーも自然でその人らしさが出ていれば、美しいと思うからです。そのストーリーの美しさは三次元において人を惹きつけます。素晴らしいことだと思います。

 

とはいえ、不自然さや誰かをマネしてしまうことだって、悪いことではありません。ただ、大きな流れの中での不自然さは、違和感となってそこから「気付き」を生み出すようなシステムになっていますから、少々ざわつきを感じる場合も多いかもしれませんが・・・

 

何かをみるとき、人は自分のフィルター(価値判断)を通して、ある意味見たいように見ます。その振り分けられたうえで取り入れた情報が、自分の世界を形作っていくのです。なので、このブログも読んでいる人のフィルターによって様々な解釈と物語が生まれるでしょう。

 

何度も読み返していただくと、同じ文章でも変わった印象を受けることもあるかもしれません。これは、同じものを見続けることで、自分のフィルターの変化を読み取るという、錬金術の修行の一種でもあります。

 

生きている限りこの探求は続きます。

 

また何か皆様とシェアできることがありましたら、こちらでお伝えしますね。

 

自己肯定感の取り扱い方

自己肯定感の取り扱い方。

 

スピリチュアルや自己啓発では自己肯定感が高いほうが良いと言われることが多いです。「自分を大切にする」「自己を肯定する」ということは、生きていくうえで、もちろん大切なことではありますが、自己肯定感を高めようとするあまり日常生活に支障が出る方も少なくありません。

 

そもそも、自己肯定感が低いと悩んだり、自分の扱われ方に怒りを感じたりする場合、自己肯定感はそう低くないことが多いです。

 

本当に自己肯定感が低い場合は、自己肯定感が低いかも?と疑うこともなく、自分の扱われ方に怒りを感じることもありません。また、拗ねることも、ダメな自分を見せつけて相手をコントロールしようとすることもありません。

 

ではなぜ、自己肯定感がそう低くないのにもかかわらず、思うように行動できなかったり、成果が出ないのかといいますと・・・単純に経験値が足りないのです。

 

やったことがないことをするのは、不安だし恐い。経験量が少ないから、なかなか上手くいかない。ということを、自己肯定感が低いせいと勘違いしてしまっているのです。

 

三次元には、時間も極もあります。ですから経験しているとしていないは違うし、時間をどれだけかけたかでも違いは出ます。振動数を上げ、プレイヤー意識を持ち、自己肯定感を上げても、三次元においての経験値が勝手に上がることはないのです。

 

というか、そうならないからこそ三次元は(人生は)味わい深く楽しいのです。

 

何かが出来る事、上手くいくこと、イコールあなたの価値ではありません。たとえ失敗しても上手くいかなくても、あなたの価値には何の影響もありません。ただ残念ながら、自己肯定感だけを上げても、やったこともない何かが急に出来るようになることはほぼない可能性が高いです。

 

錬金術の大きなポイントの一つは、三つの振動数をそろえることです。プログラムとプレイヤー意識とキャラクターの動きをそろえることでゲームはより楽しむことが出来るようになります。キャラクターの動きは、三次元での経験値が高いほどスムーズになります。

 

自己肯定感を高めるために何もしない、というのはとてももったいないことです。出来ない自分、ダメな自分が、出来る自分、上手くいく自分を支えているのです。両方の自分を含んだ奥に、今までとはまた違った、自己肯定感がみえてくるはずです。

 

 

 

 

 

プレイヤー意識を持つときに大切なこと

プレイヤー意識を持つときに大切なこと。

 

monika4966.hatenablog.com

 三つの段階の世界観についてご説明するときに、ゲームに例えてお話することも多いのですが、ゲームの中のキャラクターの意識(今、目の前にある現実とその中にいる肉体をもった自分)をこえて、プレイヤー意識(すべてが自分だと知り、現実はゲームのようなものだと認識している状態)をもちたいと思う方は多いようです。

 

プレイヤー意識は、錬金術においても非常に重要ですから、プレイヤー意識をもちたいと思うことは全く問題ではありません。(むしろそれを目指すという側面すらあります。)しかし、プレイヤー意識を持ちたいと願うときに忘れてはならないことは、プレイをしているからこそ(キャラクター視点を持ち続けるからこそ)のプレイヤーであるということです。

 

キャラクターである現実の中で、何らかの出来事が起きているのにも拘らず「どうせゲームだから」と何の対処もしなかったとしたら、それはゲームのプレイをしていないということであり、プレイをしていないのであればプレイヤーとは言えなく、それはただの傍観者に等しいということです。

 

もちろん、長い人生大変な時や何もしたくない時だってあります。そんな時はゆっくりと休んでも良いのですし、いつも自分が主役でなければならないということもありません。時には傍観者の様になってしまうこともあるでしょう。

 

しかし、プレイヤー意識を持ちたいという思いが、キャラクターとして努力したり行動するのをやめたい。ということだとしたら・・・。三つの段階の構造のとらえ方が平面的になっているのかもしれません。キャラクター意識よりもプレイヤー意識の方が上だ。という価値判断があるうちは平面から立ち上がる立体を認識するのは少々難しいのです。

 

現実という三次元に自分というキャラクターとして生まれてしまっている以上、人生というゲームは続き、そのゲームを続けるからこそのプレイヤー意識ということなので、残念ながらキャラクターの自分が何もしないで楽々・・・とはいかないのです。

 

しかし、プレイヤー意識を持ちながら、キャラクターとして生きることは、より深く人生(ゲーム)を味わえる様になったり、自分の人生のテーマ(ゲームのテーマ)が透けて見えることによって、よりスムーズに面白い展開が起きる事も(結果的には)多いのです。(ゲームでいうならばポイントが入るようなものです。)

 

「プレイヤー意識を持ちながら、真剣にゲームをすること」錬金術(アルケミー)の探求は、そこから深まるのです。

 

 

 

 

答えを知りたいという罠

答えを知りたいという罠

 

答えを知る。分かる。というのは快感を伴います。これは、分からないよりは分かること、間違えるよりは正しいことの方が良いことだ。という価値判断があることと、揺らぎ不安定な状態よりも、安定した状態を好む脳の仕組みが関係しています。

 

セッションにおいては、クライアントさんとの認識の摺り合わせという枠(限られたゴール)があるため、答えと呼べるもの(クライアントさんにとっての利益)がありますから、必要な場合は答えを提示することもありますが・・・

 

錬金術の探求においては、答えを知りたい!と思いすぎることは、正解、不正解という分離の枠にとらわれてしまう可能性を含んでいることを知っておく必要があります。

 

人は一般的に、答えというのは問いがあって生まれるものだから「問い」とはある一定の条件という枠「そこには必ず答えがある」と思ってしまいやすいのです。

 

探求においての「枠」とはそれを知る事によって、それを超えることを知る。という使い方をします。なので錬金術の探求においての問答とは、絶対に正しい答えがあるわけではありません。様々な角度からみた時に「問い」とされる枠が様々な答えをもちうること。「問い」すら無効化されることもあることを、そのまま飲み込む必要がある。そんな段階もあるのです。

 

無効化という揺らぎは、拠り所を失うということでもありますから、あまり気持ちの良いものではありません。しかし、明確な価値判断と正しい答えがある「枠」の中にいるだけでは、枠を超える(含む)ことは叶いません。(まぁ、無理して超える必要もないと言えばないのですが・・・一応ここは錬金術の探求がテーマのブログなので・・・)

 

掴もうとすると逃げる。分かろうとすると遠ざかる。

 

曖昧なものを認識するためには「枠」が必要ですが、「枠」が全てだと思ってしまうと認識することはできません。「枠」に気付くためには「枠」にぶつかるまでもがく必要があることも多いです。

 

答えなど無いを知るために、あえて答えを求める・・・。錬金術の探求を目指す方は「知りたいという罠にはまらず答えを求める」という修行法もあるのです。(まったく酔狂ではありますが・・・笑)

 

振動数を上げて見えてくる、あなたのテーマ

振動数を上げて見えてくる、あなたのテーマ。

 

様々な価値判断を含み、振動数が上がってくると「○○しなければならない」という縛りがどんどん少なくなってきます。なにかを「する」「しない」の差がそれほど大きくなくなり「どっちでも良いこと」が、増えてくるからです。

 

お金の為、人に好かれるため、尊敬されたいから・・・などなどの価値判断を持つことは、全く悪いことではありませんが、振動数が上がるとこれらの価値判断は無効化されるということです。

 

これは「お金のために働くなんて!」「人に好かれるために何かをするなんて!」ダメだ!ということではありません。このダメだ!は、囚われという点からみると実は同じ振動数です。単に同じ振動数での反対側からの視点だというだけです。

 

振動数を上げて価値判断が無効化されるということは、働くことによってお金が増えることも減ることもあるかもしれないがそれらは(経験という点からみれば)たいして違いはない。人から好かれようと、嫌われようとそこを判断基準にせず、やりたいことをやる。「お金のある無し」や「好かれるかどうか」で自分の行動を決めない。ということです。

 

価値判断の無効化が進み、振動数が上がると「しなければならない」ことがどんどん減っていきます。何かをしても、しなくても同じことだ・・・となってくるからです。

 

この状態は振動数が高いとも言えますが、三次元で生きている。ということを考えると

「だから素晴らしい」とも言い難いかもしれません。とはいえ心配はいりません。三次元で物質化して生きているということは、どこまでいっても、たとえ僅かだとしても、何らかのズレ(片寄り)は生じています。(なんの片寄りもないのであれば、物質でいることは難しいのです。)

 

この最終的に残る、ズレ(片寄り)こそがテーマの正体です。

 

多くの価値判断が無効化され、何かをしてもしなくても同じことだ・・・となりながらも、どうしてもやってしまうこと。理由はないけど好きなこと。は、このテーマと繋がっています。

 

よく言われる「テーマを知るためには、好きなことをする」というのは有効です。ただ、その好きなことが何らかの価値判断に基づいた「しなければならない」と思い込んでいることなのかもしれないことは、認識しておく必要があるのです。