楽しく生きるための錬金術

ヘルメスの7つの原理という精神の錬金術を学びたい人のためのブログ

錬金術の探求

錬金術の探求について

 

こちらのブログには、楽しく生きるための錬金術についてを書いています。構造のことから始まり、なるべくわかりやすく誤解を生まないように注意をしつつ、様々な角度から錬金術についてお伝えしています。

 

スピリチュアルや引き寄せの法則など目に見えないものに興味を持ち、学んだことのある方なら「そうそう!」と気軽に読んでいただけるのではないかと思います。

 

こちらで書いているのは構造のお話がほとんどであり、物語的な切り口は、ほぼありません。そのため、様々なスピリチュアルのストーリーとも矛盾しないようになっているのです。どのようなストーリーでも、構造のどの部分に該当するのか?という見方が出来るようにしています。

 

というのも、私の個人的な意見では、どんなストーリーも自然でその人らしさが出ていれば、美しいと思うからです。そのストーリーの美しさは三次元において人を惹きつけます。素晴らしいことだと思います。

 

とはいえ、不自然さや誰かをマネしてしまうことだって、悪いことではありません。ただ、大きな流れの中での不自然さは、違和感となってそこから「気付き」を生み出すようなシステムになっていますから、少々ざわつきを感じる場合も多いかもしれませんが・・・

 

何かをみるとき、人は自分のフィルター(価値判断)を通して、ある意味見たいように見ます。その振り分けられたうえで取り入れた情報が、自分の世界を形作っていくのです。なので、このブログも読んでいる人のフィルターによって様々な解釈と物語が生まれるでしょう。

 

何度も読み返していただくと、同じ文章でも変わった印象を受けることもあるかもしれません。これは、同じものを見続けることで、自分のフィルターの変化を読み取るという、錬金術の修行の一種でもあります。

 

さらに、錬金術探求に興味がある!という奇特な方には、(笑)こちらで何度かご紹介をしていたアルケミープラクティス講座をお勧めいたします。

 

ブログでは私から読者さんを見ることは(当たり前ですが)できません。ということは・・・どんなフィルターをかけどんな情報を選択して世界を形作っているのか?がわからないということです。講座においては、通信講座とはいえ少人数制でご質問なども受けていますから、そこらへんを加味しながら錬金術(アルケミー)についてお伝えすることができるのです。

 

またこの講座は、私とは正反対に近いデザインをもちながら、同じアルケミストであるyumeziさんとのコラボ講座ですので、陰陽そろった、より深く立体的なアルケミーの世界をお伝えできると自負しております。共にアルケミー探求を志したい!という方!是非お待ちしております。お申し込みは↓こちらから↓お願いします

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自己肯定感の取り扱い方

自己肯定感の取り扱い方。

 

スピリチュアルや自己啓発では自己肯定感が高いほうが良いと言われることが多いです。「自分を大切にする」「自己を肯定する」ということは、生きていくうえで、もちろん大切なことではありますが、自己肯定感を高めようとするあまり日常生活に支障が出る方も少なくありません。

 

そもそも、自己肯定感が低いと悩んだり、自分の扱われ方に怒りを感じたりする場合、自己肯定感はそう低くないことが多いです。

 

本当に自己肯定感が低い場合は、自己肯定感が低いかも?と疑うこともなく、自分の扱われ方に怒りを感じることもありません。また、拗ねることも、ダメな自分を見せつけて相手をコントロールしようとすることもありません。

 

ではなぜ、自己肯定感がそう低くないのにもかかわらず、思うように行動できなかったり、成果が出ないのかといいますと・・・単純に経験値が足りないのです。

 

やったことがないことをするのは、不安だし恐い。経験量が少ないから、なかなか上手くいかない。ということを、自己肯定感が低いせいと勘違いしてしまっているのです。

 

三次元には、時間も極もあります。ですから経験しているとしていないは違うし、時間をどれだけかけたかでも違いは出ます。振動数を上げ、プレイヤー意識を持ち、自己肯定感を上げても、三次元においての経験値が勝手に上がることはないのです。

 

というか、そうならないからこそ三次元は(人生は)味わい深く楽しいのです。

 

何かが出来る事、上手くいくこと、イコールあなたの価値ではありません。たとえ失敗しても上手くいかなくても、あなたの価値には何の影響もありません。ただ残念ながら、自己肯定感だけを上げても、やったこともない何かが急に出来るようになることはほぼない可能性が高いです。

 

錬金術の大きなポイントの一つは、三つの振動数をそろえることです。プログラムとプレイヤー意識とキャラクターの動きをそろえることでゲームはより楽しむことが出来るようになります。キャラクターの動きは、三次元での経験値が高いほどスムーズになります。

 

自己肯定感を高めるために何もしない、というのはとてももったいないことです。出来ない自分、ダメな自分が、出来る自分、上手くいく自分を支えているのです。両方の自分を含んだ奥に、今までとはまた違った、自己肯定感がみえてくるはずです。

 

 

 

 

 

プレイヤー意識を持つときに大切なこと

プレイヤー意識を持つときに大切なこと。

 

monika4966.hatenablog.com

 三つの段階の世界観についてご説明するときに、ゲームに例えてお話することも多いのですが、ゲームの中のキャラクターの意識(今、目の前にある現実とその中にいる肉体をもった自分)をこえて、プレイヤー意識(すべてが自分だと知り、現実はゲームのようなものだと認識している状態)をもちたいと思う方は多いようです。

 

プレイヤー意識は、錬金術においても非常に重要ですから、プレイヤー意識をもちたいと思うことは全く問題ではありません。(むしろそれを目指すという側面すらあります。)しかし、プレイヤー意識を持ちたいと願うときに忘れてはならないことは、プレイをしているからこそ(キャラクター視点を持ち続けるからこそ)のプレイヤーであるということです。

 

キャラクターである現実の中で、何らかの出来事が起きているのにも拘らず「どうせゲームだから」と何の対処もしなかったとしたら、それはゲームのプレイをしていないということであり、プレイをしていないのであればプレイヤーとは言えなく、それはただの傍観者に等しいということです。

 

もちろん、長い人生大変な時や何もしたくない時だってあります。そんな時はゆっくりと休んでも良いのですし、いつも自分が主役でなければならないということもありません。時には傍観者の様になってしまうこともあるでしょう。

 

しかし、プレイヤー意識を持ちたいという思いが、キャラクターとして努力したり行動するのをやめたい。ということだとしたら・・・。三つの段階の構造のとらえ方が平面的になっているのかもしれません。キャラクター意識よりもプレイヤー意識の方が上だ。という価値判断があるうちは平面から立ち上がる立体を認識するのは少々難しいのです。

 

現実という三次元に自分というキャラクターとして生まれてしまっている以上、人生というゲームは続き、そのゲームを続けるからこそのプレイヤー意識ということなので、残念ながらキャラクターの自分が何もしないで楽々・・・とはいかないのです。

 

しかし、プレイヤー意識を持ちながら、キャラクターとして生きることは、より深く人生(ゲーム)を味わえる様になったり、自分の人生のテーマ(ゲームのテーマ)が透けて見えることによって、よりスムーズに面白い展開が起きる事も(結果的には)多いのです。(ゲームでいうならばポイントが入るようなものです。)

 

「プレイヤー意識を持ちながら、真剣にゲームをすること」錬金術(アルケミー)の探求は、そこから深まるのです。

 

 

 

 

答えを知りたいという罠

答えを知りたいという罠

 

答えを知る。分かる。というのは快感を伴います。これは、分からないよりは分かること、間違えるよりは正しいことの方が良いことだ。という価値判断があることと、揺らぎ不安定な状態よりも、安定した状態を好む脳の仕組みが関係しています。

 

セッションにおいては、クライアントさんとの認識の摺り合わせという枠(限られたゴール)があるため、答えと呼べるもの(クライアントさんにとっての利益)がありますから、必要な場合は答えを提示することもありますが・・・

 

錬金術の探求においては、答えを知りたい!と思いすぎることは、正解、不正解という分離の枠にとらわれてしまう可能性を含んでいることを知っておく必要があります。

 

人は一般的に、答えというのは問いがあって生まれるものだから「問い」とはある一定の条件という枠「そこには必ず答えがある」と思ってしまいやすいのです。

 

探求においての「枠」とはそれを知る事によって、それを超えることを知る。という使い方をします。なので錬金術の探求においての問答とは、絶対に正しい答えがあるわけではありません。様々な角度からみた時に「問い」とされる枠が様々な答えをもちうること。「問い」すら無効化されることもあることを、そのまま飲み込む必要がある。そんな段階もあるのです。

 

無効化という揺らぎは、拠り所を失うということでもありますから、あまり気持ちの良いものではありません。しかし、明確な価値判断と正しい答えがある「枠」の中にいるだけでは、枠を超える(含む)ことは叶いません。(まぁ、無理して超える必要もないと言えばないのですが・・・一応ここは錬金術の探求がテーマのブログなので・・・)

 

掴もうとすると逃げる。分かろうとすると遠ざかる。

 

曖昧なものを認識するためには「枠」が必要ですが、「枠」が全てだと思ってしまうと認識することはできません。「枠」に気付くためには「枠」にぶつかるまでもがく必要があることも多いです。

 

答えなど無いを知るために、あえて答えを求める・・・。錬金術の探求を目指す方は「知りたいという罠にはまらず答えを求める」という修行法もあるのです。(まったく酔狂ではありますが・・・笑)

 

振動数を上げて見えてくる、あなたのテーマ

振動数を上げて見えてくる、あなたのテーマ。

 

様々な価値判断を含み、振動数が上がってくると「○○しなければならない」という縛りがどんどん少なくなってきます。なにかを「する」「しない」の差がそれほど大きくなくなり「どっちでも良いこと」が、増えてくるからです。

 

お金の為、人に好かれるため、尊敬されたいから・・・などなどの価値判断を持つことは、全く悪いことではありませんが、振動数が上がるとこれらの価値判断は無効化されるということです。

 

これは「お金のために働くなんて!」「人に好かれるために何かをするなんて!」ダメだ!ということではありません。このダメだ!は、囚われという点からみると実は同じ振動数です。単に同じ振動数での反対側からの視点だというだけです。

 

振動数を上げて価値判断が無効化されるということは、働くことによってお金が増えることも減ることもあるかもしれないがそれらは(経験という点からみれば)たいして違いはない。人から好かれようと、嫌われようとそこを判断基準にせず、やりたいことをやる。「お金のある無し」や「好かれるかどうか」で自分の行動を決めない。ということです。

 

価値判断の無効化が進み、振動数が上がると「しなければならない」ことがどんどん減っていきます。何かをしても、しなくても同じことだ・・・となってくるからです。

 

この状態は振動数が高いとも言えますが、三次元で生きている。ということを考えると

「だから素晴らしい」とも言い難いかもしれません。とはいえ心配はいりません。三次元で物質化して生きているということは、どこまでいっても、たとえ僅かだとしても、何らかのズレ(片寄り)は生じています。(なんの片寄りもないのであれば、物質でいることは難しいのです。)

 

この最終的に残る、ズレ(片寄り)こそがテーマの正体です。

 

多くの価値判断が無効化され、何かをしてもしなくても同じことだ・・・となりながらも、どうしてもやってしまうこと。理由はないけど好きなこと。は、このテーマと繋がっています。

 

よく言われる「テーマを知るためには、好きなことをする」というのは有効です。ただ、その好きなことが何らかの価値判断に基づいた「しなければならない」と思い込んでいることなのかもしれないことは、認識しておく必要があるのです。

 

 

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世界は閉じていないことを知る

世界は閉じていないことを知る。

 

精神の錬金術を知り、世界観の構造を知る時、とても大切なことは・・・世界は閉じていないことを知る事です。

 

一見、停滞して八方ふさがりに感じる時も、その出来事の上の視点はあるのです。また、どんなに大切なモノを見つけたとしても「それしかない!」「ほかのモノはどうでもいい!」ということではないのです。

 

とはいえ、これは悩んだり悲しんだりすることがいけないということではありません。落ち込んで何も考えられなくなることだってあります。また、一時的にはそれ以外は何もいらない!と思えるようなものに出会えることもあるでしょう。

 

世界を閉じることは、自分の人生を濃密に味わうことになりますが、探究という点においては、「世界は閉じていない」ということを知っておく必要があります。自ら閉じない限り自分の世界は広がっていくということです。

 

目の前の扉を開けば、次の扉があり、そのまた次にも扉はあります。

 

もちろん、その場にとどまり自分の感情や目の前の出来事に集中することも素敵なことです。ただ、無限につづく可能性は目の前の扉を開くことからスタートするのです。

 

しかし、世界観の構造を知る事、無限につづく可能性を知る事自体が「素晴らしい、スゴイこと」というわけではありませんし、それ自体が探究の目的なのではありません。逆説的ですが「素晴らしい、スゴイこと」に固執することも、世界を閉じることになりうるのです。

 

ネガティブな出来事にどっぷりはまり、そこから抜け出す方法はないのだと諦めることとも、ポジティブなことだけを見てそれ以外を排除しようとすることも、一見正反対の様にみえて「閉じる」という点からみると同じことです。

 

可能性を知る事で、より自分のテーマに沿った選択をし、それを大切に味わいながら、目の前に扉が見えたらまた開く。そんな繰り返しが、無限の可能性と繋がる精神の錬金術の大きなヒントであり、人生をより楽しむことへと繋がっていく探究なのではないかと思います。

 

 

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反対をやってみることのメリット

反対のことをやってみることのメリット。

 

「押してダメなら引いてみな」ではありませんが、上手くいかない時に反対のことを試してみると良い、とはよく言われることです。

 

錬金術においても反対のことをしてみるというのは大いに役立ちます。

 

とはいえこれは、よく言われる単に「反対のことをすることでバランスをとる」ということではありません。

 

反対のことをすることで、一見反対に見えても、実は同じこと(其の物を成り立たせている対極)でしかないこと、本質とは、同じものだと知った(其の物自体を掴んだ)一段振動数の高い視点(奥)にこそ続いているということを知るきっかけになる可能性が高いからです。

 

バランスというのは、同一線上で取るのは非常に難しく、それは常に揺れ動くものです。ある条件的な枠の中ではバランスをとること中立的な姿勢をとることは可能ですが、それは、枠があるからこそできることなのです。(反対のことをやってみるというのは、この条件的な枠を知るためにも役立ちます。)

 

何かを否定するために反対のことをやってみることは、同じ振動数の同じ枠の中を行ったり来たりしていることにすぎません。

 

もちろん、行ったり来たりすることが悪いことなのではなく、それを味わうことも人生の醍醐味ではありますが、反対のことをすることで「何かを掴みたい」とか「視点を変えたい」のであれば同じ振動数での同じ枠の中だけにとどまらないほうが、見えてくるものは多くなるということです。

 

反対のことをやってみて、実はそう変わりはないのだということを知り、その上で自分の好むもの(好むように設定されているもの)を意識的に選択し、大切さを味わってみることを「楽しく生きるための錬金術」ではお伝えしているのです。

 

 

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