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楽しく生きるための錬金術

ヘルメスの7つの原理という精神の錬金術を学びたい人のためのブログ

プレイヤー意識を持つときに大切なこと

プレイヤー意識を持つときに大切なこと。

 

monika4966.hatenablog.com

 三つの段階の世界観についてご説明するときに、ゲームに例えてお話することも多いのですが、ゲームの中のキャラクターの意識(今、目の前にある現実とその中にいる肉体をもった自分)をこえて、プレイヤー意識(すべてが自分だと知り、現実はゲームのようなものだと認識している状態)をもちたいと思う方は多いようです。

 

プレイヤー意識は、錬金術においても非常に重要ですから、プレイヤー意識をもちたいと思うことは全く問題ではありません。(むしろそれを目指すという側面すらあります。)しかし、プレイヤー意識を持ちたいと願うときに忘れてはならないことは、プレイをしているからこそ(キャラクター視点を持ち続けるからこそ)のプレイヤーであるということです。

 

キャラクターである現実の中で、何らかの出来事が起きているのにも拘らず「どうせゲームだから」と何の対処もしなかったとしたら、それはゲームのプレイをしていないということであり、プレイをしていないのであればプレイヤーとは言えなく、それはただの傍観者に等しいということです。

 

もちろん、長い人生大変な時や何もしたくない時だってあります。そんな時はゆっくりと休んでも良いのですし、いつも自分が主役でなければならないということもありません。時には傍観者の様になってしまうこともあるでしょう。

 

しかし、プレイヤー意識を持ちたいという思いが、キャラクターとして努力したり行動するのをやめたい。ということだとしたら・・・。三つの段階の構造のとらえ方が平面的になっているのかもしれません。キャラクター意識よりもプレイヤー意識の方が上だ。という価値判断があるうちは平面から立ち上がる立体を認識するのは少々難しいのです。

 

現実という三次元に自分というキャラクターとして生まれてしまっている以上、人生というゲームは続き、そのゲームを続けるからこそのプレイヤー意識ということなので、残念ながらキャラクターの自分が何もしないで楽々・・・とはいかないのです。

 

しかし、プレイヤー意識を持ちながら、キャラクターとして生きることは、より深く人生(ゲーム)を味わえる様になったり、自分の人生のテーマ(ゲームのテーマ)が透けて見えることによって、よりスムーズに面白い展開が起きる事も(結果的には)多いのです。(ゲームでいうならばポイントが入るようなものです。)

 

「プレイヤー意識を持ちながら、真剣にゲームをすること」錬金術(アルケミー)の探求は、そこから深まるのです。

 

 

 

 

答えを知りたいという罠

答えを知りたいという罠

 

答えを知る。分かる。というのは快感を伴います。これは、分からないよりは分かること、間違えるよりは正しいことの方が良いことだ。という価値判断があることと、揺らぎ不安定な状態よりも、安定した状態を好む脳の仕組みが関係しています。

 

セッションにおいては、クライアントさんとの認識の摺り合わせという枠(限られたゴール)があるため、答えと呼べるもの(クライアントさんにとっての利益)がありますから、必要な場合は答えを提示することもありますが・・・

 

錬金術の探求においては、答えを知りたい!と思いすぎることは、正解、不正解という分離の枠にとらわれてしまう可能性を含んでいることを知っておく必要があります。

 

人は一般的に、答えというのは問いがあって生まれるものだから「問い」とはある一定の条件という枠「そこには必ず答えがある」と思ってしまいやすいのです。

 

探求においての「枠」とはそれを知る事によって、それを超えることを知る。という使い方をします。なので錬金術の探求においての問答とは、絶対に正しい答えがあるわけではありません。様々な角度からみた時に「問い」とされる枠が様々な答えをもちうること。「問い」すら無効化されることもあることを、そのまま飲み込む必要がある。そんな段階もあるのです。

 

無効化という揺らぎは、拠り所を失うということでもありますから、あまり気持ちの良いものではありません。しかし、明確な価値判断と正しい答えがある「枠」の中にいるだけでは、枠を超える(含む)ことは叶いません。(まぁ、無理して超える必要もないと言えばないのですが・・・一応ここは錬金術の探求がテーマのブログなので・・・)

 

掴もうとすると逃げる。分かろうとすると遠ざかる。

 

曖昧なものを認識するためには「枠」が必要ですが、「枠」が全てだと思ってしまうと認識することはできません。「枠」に気付くためには「枠」にぶつかるまでもがく必要があることも多いです。

 

答えなど無いを知るために、あえて答えを求める・・・。錬金術の探求を目指す方は「知りたいという罠にはまらず答えを求める」という修行法もあるのです。(まったく酔狂ではありますが・・・笑)

 

振動数を上げて見えてくる、あなたのテーマ

振動数を上げて見えてくる、あなたのテーマ。

 

様々な価値判断を含み、振動数が上がってくると「○○しなければならない」という縛りがどんどん少なくなってきます。なにかを「する」「しない」の差がそれほど大きくなくなり「どっちでも良いこと」が、増えてくるからです。

 

お金の為、人に好かれるため、尊敬されたいから・・・などなどの価値判断を持つことは、全く悪いことではありませんが、振動数が上がるとこれらの価値判断は無効化されるということです。

 

これは「お金のために働くなんて!」「人に好かれるために何かをするなんて!」ダメだ!ということではありません。このダメだ!は、囚われという点からみると実は同じ振動数です。単に同じ振動数での反対側からの視点だというだけです。

 

振動数を上げて価値判断が無効化されるということは、働くことによってお金が増えることも減ることもあるかもしれないがそれらは(経験という点からみれば)たいして違いはない。人から好かれようと、嫌われようとそこを判断基準にせず、やりたいことをやる。「お金のある無し」や「好かれるかどうか」で自分の行動を決めない。ということです。

 

価値判断の無効化が進み、振動数が上がると「しなければならない」ことがどんどん減っていきます。何かをしても、しなくても同じことだ・・・となってくるからです。

 

この状態は振動数が高いとも言えますが、三次元で生きている。ということを考えると

「だから素晴らしい」とも言い難いかもしれません。とはいえ心配はいりません。三次元で物質化して生きているということは、どこまでいっても、たとえ僅かだとしても、何らかのズレ(片寄り)は生じています。(なんの片寄りもないのであれば、物質でいることは難しいのです。)

 

この最終的に残る、ズレ(片寄り)こそがテーマの正体です。

 

多くの価値判断が無効化され、何かをしてもしなくても同じことだ・・・となりながらも、どうしてもやってしまうこと。理由はないけど好きなこと。は、このテーマと繋がっています。

 

よく言われる「テーマを知るためには、好きなことをする」というのは有効です。ただ、その好きなことが何らかの価値判断に基づいた「しなければならない」と思い込んでいることなのかもしれないことは、認識しておく必要があるのです。

 

 

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精神の錬金術を知るうえで、一番大切なベースのお話を

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世界は閉じていないことを知る

世界は閉じていないことを知る。

 

精神の錬金術を知り、世界観の構造を知る時、とても大切なことは・・・世界は閉じていないことを知る事です。

 

一見、停滞して八方ふさがりに感じる時も、その出来事の上の視点はあるのです。また、どんなに大切なモノを見つけたとしても「それしかない!」「ほかのモノはどうでもいい!」ということではないのです。

 

とはいえ、これは悩んだり悲しんだりすることがいけないということではありません。落ち込んで何も考えられなくなることだってあります。また、一時的にはそれ以外は何もいらない!と思えるようなものに出会えることもあるでしょう。

 

世界を閉じることは、自分の人生を濃密に味わうことになりますが、探究という点においては、「世界は閉じていない」ということを知っておく必要があります。自ら閉じない限り自分の世界は広がっていくということです。

 

目の前の扉を開けば、次の扉があり、そのまた次にも扉はあります。

 

もちろん、その場にとどまり自分の感情や目の前の出来事に集中することも素敵なことです。ただ、無限につづく可能性は目の前の扉を開くことからスタートするのです。

 

しかし、世界観の構造を知る事、無限につづく可能性を知る事自体が「素晴らしい、スゴイこと」というわけではありませんし、それ自体が探究の目的なのではありません。逆説的ですが「素晴らしい、スゴイこと」に固執することも、世界を閉じることになりうるのです。

 

ネガティブな出来事にどっぷりはまり、そこから抜け出す方法はないのだと諦めることとも、ポジティブなことだけを見てそれ以外を排除しようとすることも、一見正反対の様にみえて「閉じる」という点からみると同じことです。

 

可能性を知る事で、より自分のテーマに沿った選択をし、それを大切に味わいながら、目の前に扉が見えたらまた開く。そんな繰り返しが、無限の可能性と繋がる精神の錬金術の大きなヒントであり、人生をより楽しむことへと繋がっていく探究なのではないかと思います。

 

 

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反対をやってみることのメリット

反対のことをやってみることのメリット。

 

「押してダメなら引いてみな」ではありませんが、上手くいかない時に反対のことを試してみると良い、とはよく言われることです。

 

錬金術においても反対のことをしてみるというのは大いに役立ちます。

 

とはいえこれは、よく言われる単に「反対のことをすることでバランスをとる」ということではありません。

 

反対のことをすることで、一見反対に見えても、実は同じこと(其の物を成り立たせている対極)でしかないこと、本質とは、同じものだと知った(其の物自体を掴んだ)一段振動数の高い視点(奥)にこそ続いているということを知るきっかけになる可能性が高いからです。

 

バランスというのは、同一線上で取るのは非常に難しく、それは常に揺れ動くものです。ある条件的な枠の中ではバランスをとること中立的な姿勢をとることは可能ですが、それは、枠があるからこそできることなのです。(反対のことをやってみるというのは、この条件的な枠を知るためにも役立ちます。)

 

何かを否定するために反対のことをやってみることは、同じ振動数の同じ枠の中を行ったり来たりしていることにすぎません。

 

もちろん、行ったり来たりすることが悪いことなのではなく、それを味わうことも人生の醍醐味ではありますが、反対のことをすることで「何かを掴みたい」とか「視点を変えたい」のであれば同じ振動数での同じ枠の中だけにとどまらないほうが、見えてくるものは多くなるということです。

 

反対のことをやってみて、実はそう変わりはないのだということを知り、その上で自分の好むもの(好むように設定されているもの)を意識的に選択し、大切の味わってみることを「楽しく生きるための錬金術」ではお伝えしているのです。

 

 

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超えているか?というのは・・・

超えているのか?というのは・・・

 

相談されたり、悩みを解決したりする仕事の場合(相談を受けたりお悩み解決は、アルケミスト錬金術師)のお仕事でもありますが・・・)その相談内容や悩みを超えている人ではないと解決のお手伝いは難しいのです。

 

この「超えている」というのは悩みの奥を掴んでいるということであり、悩みについての様々な選択肢がみえ、悩んでいる状態よりも高い振動数でいるということです。

 

ただ「超える」というのを勘違いされている方も多く、せっかく相談しても悩みがより深くなったり、相談する前よりも気分が重くなったりする方も残念ながら少なくありません。

 

かなりややこしいお話ですが、悩みを超えているというのは、そのことが悩みではない(縛られていない)ということであり、その悩みを解決したことがある!ということではないのです。

 

例えば、お金について悩んでいる人の場合、お金持ちの人に聞くのと、貧乏な人に聞くのとではどちらが良いか?といったお話を聞くことがありますが、実はどちらでもいいのです。

 

なぜなら「悩んでいない。縛られていない。」ということと実際にお金がある無しとは、無関係だからです。

 

とはいえ「貧乏だけどお金に全く縛られていない。」という人には、お金がないという(一般的には)大きな不安を無効化しなければならないという性質上、なかなかお目にかかれないことが多いのと、無頓着ながらも、うっかりお金が手に入ってしまう可能性も高かったりもするので、結果的にみるとお金に「縛られていない」人は、ある程度お金がある人に多いように見える傾向はあります。

 

しかし、お金持ちだからお金に縛られていないということではなく、お金持ちでお金に縛られている人の場合、お金があることが正解であり正義になるので「お金を稼ぎたいからどうすれば良いか?」という抽象度よりも高いお金の相談には答えにくくなるのです。

 

お金の相談の場合、お金を自分の価値と混同したり、必要とされること大切にされることと混同したりしてしまうことも多く、その場合に、より稼ぐことだけを考えると、悩みは解決するどころか、稼げば稼ぐほど更に不安になるということが起きたりもします。

 

もしも、相談される側がお金に縛られていなければ、その悩みはお金とは関係がないことにも気づくことが出来る可能性が高いのです。お金に縛られない人にとっては、お金はお金でしかなくほかのモノとは混同されにくいからです。

 

すごく悩んでいるときに、子供の言葉に救われた、とか大金持ちの人が何も持たない仙人のような人に話を聞きにいく、とかいうのは、超えている(その悩みに縛られていない)からであり、そんな相談相手だからこそ「お金なんてなくても良いんじゃない?」という、自分には考え付かないような解決法まで含んだうえでの、アドバイスが出来たりするからです。

 

悩みは悩んでいる一つ上の振動数で解決する。というのは自分の盲点に気付くために、とても大切なことなのです。

 

 

振動数を上げること下げること

振動数を上げること下げること。

 

これは「振動数が上がること下がること」とは違います。振動数の上げ下げを意識的に使い三次元での現実においてメリットを求める・・・というのが、錬金術の目的でもあるのです。

 

ここで「自分のメリットを追い求めるなんて!そんなのは振動数が低いことだ!」と感じた方は、大正解です。

 

振動数を上げるということは、統合に向かうということなので、それが行き着く先は、メリットもデメリットも含まれることにより消えてしまうし、自分も自分以外も含まれてしまうので消えてしまうということですから、振動数を極限まで上げるのが目的なのであれば「自分のメリットを追い求める」のは無理なのです。

 

あなたのテーマが、限りなく振動数を上げることなのだとしたら、自分のメリットを追い求めることは、振動数が下がることであり、自分のテーマを味わう障害となるかもしれません。

 

しかし、現実をより楽しく生きていきたいのであれば振動数の上げ下げを意識的に使うことは大いに役立ちます。

 

振動数を上げることで偏りを少なくし沢山の情報を含むこと。また振動数を下げることで何かに集中し臨場感高く味わうこと。これらを意図的に使うことで、自分の人生のテーマの追求が、より味わい深くなるでしょう。このブログでも自分の使命やテーマをしっかりと味わうことは人生において、とても素敵なことだとお伝えしています。

 

振動数を上げること下げること、とは自らの意図をもってすることです。逆に振動数が上がること下がることに一喜一憂するうちは、それに振り回されているということですから、まずはこの違いを認識する必要があります。

 

意図しながら経験を積むことは、錬金術において大きな修行となるのではないかと思います。振り回されていると感じた時は、そんな自分がいることをただ認めれば良いのです。一喜一憂を超えた奥に自分のテーマがみえる瞬間があるのです。