楽しく生きるための錬金術

ヘルメスの7つの原理という精神の錬金術を学びたい人のためのブログ

構造と流れについて

構造と流れについて

 

ヘルメスの七つの原理が働く構造については、三つの段階として何度かお話ししましたが、その三つの段階という構造には大きな流れのようなものがあります。

 

その大きな流れというのはどのようなものか?といいますと「分離(振動数を下げる)→統合(振動数を上げる)→反転(視点を変える)→還元(立体を生きる)」という流れになります。この流れを、いつもこちらでお話していたゲームで例えてお話すると、以下のようになります。

 

流れのスタート地点は、ゲームが生まれるときです。ゲームが生まれると同時にキャラクターのマリオも生まれます。マリオからすれば自分の生まれた世界が、ゲームだとはわかりませんし、始まったばかりのゲームは登場人物も動きも少なく、このゲームがどのようなゲームなのか?も、わからないままでスタートします。この状態は非常に抽象的で、ある意味振動数が高い状態です。

 

自分も自分のの周りも混沌としていて、様々なモノの区別もつかず、ぼやけていて曖昧です。価値判断もなくスムーズとはいえ、このままではゲームがゲームとして、なかなか成り立たないレベルです(笑)なので、ゲームのスタートは分離から始まります。

 

様々なアクションを起こすことで、摩擦や比較や価値判断に触れることになります。それにより違いを知ることになり、分離が進み「自分」と「自分以外」を知ります。様々な物事を様々な尺度から判断することで、さらに繊細な違いを知っていきます。

 

この分離し抽象度を下げる流れは、一般的に言われているところの「教育」や「学び」の時期となります。この時期は流れとして抽象度を下げる(具体的な価値判断を身に着ける)時期になります。主に青年期あたりまでこの流れが続く方が多いです。

 

ゲームでいうなら、様々な動きを試し失敗したり、あちこち探しものをしたり、自分の必殺技を見つけたりするような時期です。これは、キャラクターとしてゲームの中で経験値を上げていくということでもあります。

 

キャラクターとしての具体的な経験値を一定量重ねると、次の流れがやってきます。

 

これは「自分」と「自分以外」の違いを見続けるうちに、その先の統合というステージが見えてくるということです。ここから見えてくるのは、抽象度を上げていく流れです。自分の価値判断だけが正しいのか?他の人の意見にもうなずけることはあるのではないか?偏らず、もっと広い視野を持った方が良いのではないか?などなど、今までの価値判断を揺らがすような出来事も、これに応じて起きてきます。

 

キャラクターとして一心不乱にゲームをしていた時には、わからなかったゲームの成り立ちや、自分以外の登場人物との共通点、具体的に見ていたら全く違うと感じていたものが、抽象度を上げることにより同じ目的があるのかもしれない。などなど、キャラクターとしてゲームに参加するだけではなく、ゲームのテーマや仕組み、成り立ちについても、考えだしていくということです。

 

この統合し抽象度を上げていく流れは、一般的に言われているところの「協調性」や「社会性」ともいえます。この時期は流れとして抽象度を上げる(周囲の人と調和をはかる)時期になります。とはいえ、この流れに気が付くことが出来るかどうか?は個人個人で違ったタイミングになるようです。また、流れに気が付く時には比較的、大きな摩擦や挫折、お悩みなどを感じる方も多いようです。(なので、このブログではこの時期のことを丁寧に扱っています)

 

ゲームでいうなら、ただ漠然とゲームをしている時期を経て、ゲーム内の難しい局面に立ち、そのゲームの攻略法や特性、テーマなども考えていくようになる。ということです。

 

このように、キャラクターとして経験値を上げ、ゲームの攻略法やゲームの特性にも目が向くようになった時、次の流れがやってくる場合があります。

 

次の流れとは、視点の反転です。ゲームのキャラクターとして余裕をもってゲームができるようになり、ゲームの成り立ちについて考えていくと、何かの拍子でぐるりと視点が変わる瞬間があります。これは、マリオというキャラクターとしての視点ではなく、プレイヤーとしての視点をもつ。ということです。

 

反転をすると今までの価値観やゲームの見え方は大きく変わります。人によっては全能感を感じたり、無力感を感じたりする人もいるでしょう。このタイミングで不可知である自分すら含む全てを垣間見る方もいるかもしれません。(それは言葉で表現できるものではありませんが)

 

反転後どうなるのか?といいますと、大きく分けて二つの道があります。

 

反転し視点が変わり、還元(立体を生きる)という流れに進む場合と、反転し視点が変わったのち、また今までの(平面的な)視点に戻る場合とがあります。今までの視点に戻るとは、プレイヤー視点とキャラクター視点を同時に持つ(立体的に見る)ことができず、今まで通りに、キャラクターとしての(平面的な)視点に戻るということです。

 

このように、キャラクターとしての(平面的な)視点に戻ってしまう場合の理由の多くは、プレイヤーとキャラクターというものが支えあい同時に発生するものだと認識できない。というところにあるのではないかと思います。これは、キャラクターの体質やゲームのテーマにも関係がありますが・・・プレイヤー視点に気が付いたとたんに、ゲーム自体を軽々しく扱い、キャラクターとしての視点を価値のないものとみなして、そこに生まれた価値判断から、平面的な視点に戻り。分離し振動数が下がる場合もあります。

 

振動数が下がり分離すること自体は何ら悪いことではありません。が、流れとしてはまた「分離(振動数を下げる)→統合(振動数を上げる)→反転(視点を変える)→還元(立体を生きる)」という流れに向かいます。(なので、何かの拍子にまた反転を感じることはあるかもしれません)

 

因みに、私の今までの研究によると、生きている間に流れにのまま還元に向かう人はかなり少数派ではないかと思います。これはゲームのテーマというのが大きくかかわっています。ですから還元に向かう人はかなりの変わり者といってもよいかもしれません(笑)どのような変わり者か?というのはこちらでは割愛いたしますが。三次元においての時間の感覚や、自分と自分以外に感じる分離感などに特徴があるようです。

 

さて、ここまで構造と流れについてお話してきましたが。

 

自分の人生を「楽しく生きていく」ということを考えると、反転や還元よりも分離(振動数を下げる)と統合(振動数を上げる)という部分に意識を向けていくことが重要です。反転や還元は、自分の人生というゲームのテーマにより「体感できるかどうか?」は、わかりませんので・・・そもそも狙うようなものでも、努力するようなものでもないのです。(まぁ、このブログを見ている方はテーマがカブっている可能性は高いのかもしれませんけれども・笑)

 

ヘルメスの七つの原理は主に、抽象度の上げ下げ(振動数の上げ下げ)という分離と統合を扱っています。これらは意識的にできるようになると、人生というゲームをかなりスムーズに楽しめるようになります。

 

 振動数の上げ下げについては、努力のしがいがあるはずですので、こちらをご覧いただいている方にはぜひ頑張っていただきたいです。過去記事の中には抽象度の上げ下げについて様々な記事がありますので、興味のある方は是非読んでみてくださいね。

錬金術と魔術

錬金術と魔術

 

お久しぶりです。

 

なかなか更新できない中、定期的にご覧くださっている方もいらっしゃるようで、大変感謝しております。ありがとうございます。こちらのブログでは、主にヘルメスの七つの原理をベースにした錬金術についてお話しております。

 

・・・といいますのも、三次元において目に見えるもの、見えないものを使って変化を起こす。という「魔術」を使うためには(錬金術)構造を知るというのは、とても大切なことだからです。

 

三次元というのはこちらで何度かお話ししましたように「ゲーム」のようなものです。そのゲーム内において何らかの変化を起こしたい場合、キャラクターとしてキャラクターの意志を強く持ち変化を狙う。というのはもちろん有効ですが。

 

キャラクターとしての意志の力だけでは、その変化がキャラクターとしての個人的視点から見た場合に好ましいものなのか?ゲーム全体の構造からみて好ましいものなのか?はわかりにくかったりします。さらに、三次元というのは分離し支えあう世界ですから、ゲームのルールを無視してまで、偏ったものを欲しすぎると。ゲーム全体にある種の負荷をかけることにもなります。

 

これは、振り子の原理でいう極の偏りのようなものですから、大きく偏った分、大きな揺り戻しが起きやすい。ということでもあります。

 

目には見えないモノに対しての畏敬の念があった昔は、これらの偏りと揺り戻しには何らかの対策がなされることも多かったようです。しかし最近は、三つの世界観についてもかなり曖昧に省略されて語られることも多くなり「自分が望めば叶う!」というムードになりつつあります。

 

「自分が望めば叶う!」というのも、ささやかな願望であれば、それほど負荷はかかりませんから心配いりませんが。あまりに負荷をかけすぎるのは構造的におすすめしません。とはいえ、大きな流れは自然へと向かっていきますから、少々の歪みや負荷があったところで最終的にはそれらもまた回収されていきますが。

 

魔術(三次元において変化を起こす)を使うのであれば、錬金術(宇宙の構造を知る)ことはとても大切なことです。

 

キャラクターとしての力、プレイヤーとしての力、自分のゲーム(世界)のテーマが揃ったときに、現実は大きく動きます。「自分が望めば叶う!」が上手くいかないときは、もしかしたらこれらの力が拮抗してしまっているのかもしれません。一度自分の望みと構造について考えてみるのも良いかもしれません。

 

錬金術(構造)について興味のある方は

monika4966.hatenablog.com

↑こちらをご覧ください↑

 

 

幸せについての錬金術的思考

幸せについての錬金術的思考

 

「幸せ」というものについて考えると、実は非常に曖昧なものだと気づく方も多いのではないかと思います。錬金術的思考といいますか、構造などから考えた場合、私が感じることは、幸せを語るならその幸せの定義をまずは考える必要があるだろう。ということだったりします。

 

何をもって「幸せ」とするのか?というのは個人の自由であり、そこに善悪優劣はありませんが、自分自身幸せの定義がわかっていなかったために良かれと思ったことが裏目に出るということは、実は案外多いことなのです。

 

幸せの定義を考える場合に大切な二つの視点があります。

 

その二つの視点とは「時間」と「範囲」についてです。これは、自分にとっての幸せは、どの程度の時間の範囲のことだろうか?また、どの程度の範囲を指しているのだろうか?ということを考えてみる。ということです。

 

例えば恋愛なら、今相手と連絡を取りたい!それが叶えば幸せ。ということなのか。それともお付き合いを長く続けたい。そのためには今相手と連絡を取るのは控えよう。それで長期的に見て上手くいけば幸せ。ということなのか。というような感じですね。

 

もちろん、長期的に見ても短期的に見ても幸せに通じる行動は一つ。という場合はそれほど考える必要はありませんし、範囲においても自分の幸せと自分の周囲の幸せが同じだというなら迷う必要はありません。

 

しかし「時間」と「分離」がある三次元においては「短期的幸せ」と「長期的幸せ」、「範囲の狭い幸せ」と「範囲の広い幸せ」が拮抗してしまう場合もありうる。ということです。これはどちらかが正しいということはありませんが、もしもあなたが「幸せ」のために何かアクションを起こしたり(起こさなかったり)するのであれば、自分にとっての幸せの定義について考えるときに両者が拮抗していないか?を確認してみると良いかもしれません。

 

ちなみに、錬金術において「今ここの幸せ」を大切にするというのは、「過去・今・未来」を含んだ『今』であり「自分がいるここ・自分以外がいるここ」を含んだ『ここ』という『今ここの幸せ』であり、定義としていえば「長期的を超えた長期」「広範囲を超えた広範囲」の幸せ、ということです。

 

これを単に「今だけ自分だけ」良ければいいや。という定義で考えてしまうと、後々様々な矛盾をはらむ可能性があります。

 

「幸せになりたい」と思うこと、そのために行動すること自体は素晴らしいことです。ただ「こんなはずではなかった・・・」とならないためにも、自分の幸せの定義について考えてみることは大切なことだと思います。また、錬金術的『今ここの幸せ』を探求していく方は「今だけ自分だけ」との違いを注意深く繊細に見極めながらともにまいりましょう(笑)

 

 

 

 

最近のこと

最近のこと

 

前回の記事(といっても二年前くらいでしょうか・・・)にて、一応のまとめは終わった。との思いから、こちらのブログは、かなりご無沙汰させていただいておりました。

 

皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

私はあの後も、こちらでもご紹介させていただきました「アルケミー講座」を初級・中級・上級と第2期までお伝えさせていただき、日々錬金術漬けな毎日でした。おかげさまで、また新たな発見などもありました。この発見について皆様とシェアできたら良いなという思いから久々にこのブログを書いております。

 

・・・で・・・

その新たな発見とは「三次元においての分離の大切さ」についてです。

 

今まで「アルケミー講座」やこちらのブログでは、主に全体的な構造や「分離→統合」についてをお伝えしてまいりました。しかし、錬金術を日常へと落とし込んだり、しっかりと体感し理解するためには「分離と統合も支えあう一つのモノである」と知ること。つまり「分離」も「統合」も等しく重要であり「分離→統合」はもちろん、その前段階も等しく非常に大切なのだと腑に落とす必要がある。ということです。

 

この前段階とは、三次元においての「統合→分離」の段階。平たく言えば産まれてから「自分は自分だ」としっかり認識し「自分」と「自分以外」をきちんと分離する段階ということです。

 

統合というものは「違いをそのままに抽象度を上げて含む」ということですから、最初に違いを認識し分離していなければ「統合」すること自体が難しくなるということです。これは実際に講座やセッションというカタチで、様々な方とお話しをしてわかってきたことでもあります。

 

なぜ「含む」ということがこんなにも難しく感じられるのか?なぜ一旦は分かった気がしても、また同じような悩みを抱えてしまうのか?と考えたとき、有効なのは「分離」し自分は自分だと認識したうえで「統合」する訓練ではないかと・・・この訓練で経験値を積むことによりキャラクターとしての自分の動きはもっと自然になるのではないかと考えたわけです。

 

そこで、手始めに去年の暮れ、新たなワークを作成しました。その名も「分離ワーク」です。「統合しよう!」「振動数を上げよう!」というのとは一見正反対にも見えますが(笑)しっかりと「分離」することは、その後の「統合」にも大いに役立ちます。なんといっても「分離」しているからこそ「統合」できるわけですから。

 

また、この「分離ワーク」は錬金術の探求などしない場合でも単純に日常生活において役に立ちます。何人ものワーク実践者の方から「気分が明るくなった」「リラックスできた」などのお声もいただいておりますのでね。

 

このブログにも「分離ワーク」のリンクを張り付けておきますので、興味のある方はぜひ挑戦してみてください。「分離ワーク」はその性質上、完全無料にてお届けしております。

 

分離ワーク(魔境を抜け出す) | 札幌 美容師&魔術師★monika★

 

また、今年は「分離ワーク・勉強会」を札幌(6月22日)東京(7月21日)京都(10月14日)開催することになりました。こちらは無料ではありませんが興味のある方はぜひご参加くださいませ。

 

「分離ワーク・勉強会」についての詳細はこちらから↓

http://monika496611.grupo.jp/blog/

 

 

 

錬金術の探求

錬金術の探求について

 

こちらのブログには、楽しく生きるための錬金術についてを書いています。構造のことから始まり、なるべくわかりやすく誤解を生まないように注意をしつつ、様々な角度から錬金術についてお伝えしています。

 

スピリチュアルや引き寄せの法則など目に見えないものに興味を持ち、学んだことのある方なら「そうそう!」と気軽に読んでいただけるのではないかと思います。

 

こちらで書いているのは構造のお話がほとんどであり、物語的な切り口は、ほぼありません。そのため、様々なスピリチュアルのストーリーとも矛盾しないようになっているのです。どのようなストーリーでも、構造のどの部分に該当するのか?という見方が出来るようにしています。

 

というのも、私の個人的な意見では、どんなストーリーも自然でその人らしさが出ていれば、美しいと思うからです。そのストーリーの美しさは三次元において人を惹きつけます。素晴らしいことだと思います。

 

とはいえ、不自然さや誰かをマネしてしまうことだって、悪いことではありません。ただ、大きな流れの中での不自然さは、違和感となってそこから「気付き」を生み出すようなシステムになっていますから、少々ざわつきを感じる場合も多いかもしれませんが・・・

 

何かをみるとき、人は自分のフィルター(価値判断)を通して、ある意味見たいように見ます。その振り分けられたうえで取り入れた情報が、自分の世界を形作っていくのです。なので、このブログも読んでいる人のフィルターによって様々な解釈と物語が生まれるでしょう。

 

何度も読み返していただくと、同じ文章でも変わった印象を受けることもあるかもしれません。これは、同じものを見続けることで、自分のフィルターの変化を読み取るという、錬金術の修行の一種でもあります。

 

生きている限りこの探求は続きます。

 

また何か皆様とシェアできることがありましたら、こちらでお伝えしますね。

 

自己肯定感の取り扱い方

自己肯定感の取り扱い方。

 

スピリチュアルや自己啓発では自己肯定感が高いほうが良いと言われることが多いです。「自分を大切にする」「自己を肯定する」ということは、生きていくうえで、もちろん大切なことではありますが、自己肯定感を高めようとするあまり日常生活に支障が出る方も少なくありません。

 

そもそも、自己肯定感が低いと悩んだり、自分の扱われ方に怒りを感じたりする場合、自己肯定感はそう低くないことが多いです。

 

本当に自己肯定感が低い場合は、自己肯定感が低いかも?と疑うこともなく、自分の扱われ方に怒りを感じることもありません。また、拗ねることも、ダメな自分を見せつけて相手をコントロールしようとすることもありません。

 

ではなぜ、自己肯定感がそう低くないのにもかかわらず、思うように行動できなかったり、成果が出ないのかといいますと・・・単純に経験値が足りないのです。

 

やったことがないことをするのは、不安だし恐い。経験量が少ないから、なかなか上手くいかない。ということを、自己肯定感が低いせいと勘違いしてしまっているのです。

 

三次元には、時間も極もあります。ですから経験しているとしていないは違うし、時間をどれだけかけたかでも違いは出ます。振動数を上げ、プレイヤー意識を持ち、自己肯定感を上げても、三次元においての経験値が勝手に上がることはないのです。

 

というか、そうならないからこそ三次元は(人生は)味わい深く楽しいのです。

 

何かが出来る事、上手くいくこと、イコールあなたの価値ではありません。たとえ失敗しても上手くいかなくても、あなたの価値には何の影響もありません。ただ残念ながら、自己肯定感だけを上げても、やったこともない何かが急に出来るようになることはほぼない可能性が高いです。

 

錬金術の大きなポイントの一つは、三つの振動数をそろえることです。プログラムとプレイヤー意識とキャラクターの動きをそろえることでゲームはより楽しむことが出来るようになります。キャラクターの動きは、三次元での経験値が高いほどスムーズになります。

 

自己肯定感を高めるために何もしない、というのはとてももったいないことです。出来ない自分、ダメな自分が、出来る自分、上手くいく自分を支えているのです。両方の自分を含んだ奥に、今までとはまた違った、自己肯定感がみえてくるはずです。

 

 

 

 

 

プレイヤー意識を持つときに大切なこと

プレイヤー意識を持つときに大切なこと。

 

monika4966.hatenablog.com

 三つの段階の世界観についてご説明するときに、ゲームに例えてお話することも多いのですが、ゲームの中のキャラクターの意識(今、目の前にある現実とその中にいる肉体をもった自分)をこえて、プレイヤー意識(すべてが自分だと知り、現実はゲームのようなものだと認識している状態)をもちたいと思う方は多いようです。

 

プレイヤー意識は、錬金術においても非常に重要ですから、プレイヤー意識をもちたいと思うことは全く問題ではありません。(むしろそれを目指すという側面すらあります。)しかし、プレイヤー意識を持ちたいと願うときに忘れてはならないことは、プレイをしているからこそ(キャラクター視点を持ち続けるからこそ)のプレイヤーであるということです。

 

キャラクターである現実の中で、何らかの出来事が起きているのにも拘らず「どうせゲームだから」と何の対処もしなかったとしたら、それはゲームのプレイをしていないということであり、プレイをしていないのであればプレイヤーとは言えなく、それはただの傍観者に等しいということです。

 

もちろん、長い人生大変な時や何もしたくない時だってあります。そんな時はゆっくりと休んでも良いのですし、いつも自分が主役でなければならないということもありません。時には傍観者の様になってしまうこともあるでしょう。

 

しかし、プレイヤー意識を持ちたいという思いが、キャラクターとして努力したり行動するのをやめたい。ということだとしたら・・・。三つの段階の構造のとらえ方が平面的になっているのかもしれません。キャラクター意識よりもプレイヤー意識の方が上だ。という価値判断があるうちは平面から立ち上がる立体を認識するのは少々難しいのです。

 

現実という三次元に自分というキャラクターとして生まれてしまっている以上、人生というゲームは続き、そのゲームを続けるからこそのプレイヤー意識ということなので、残念ながらキャラクターの自分が何もしないで楽々・・・とはいかないのです。

 

しかし、プレイヤー意識を持ちながら、キャラクターとして生きることは、より深く人生(ゲーム)を味わえる様になったり、自分の人生のテーマ(ゲームのテーマ)が透けて見えることによって、よりスムーズに面白い展開が起きる事も(結果的には)多いのです。(ゲームでいうならばポイントが入るようなものです。)

 

「プレイヤー意識を持ちながら、真剣にゲームをすること」錬金術(アルケミー)の探求は、そこから深まるのです。